シロカニペ祭とは…

2010 年、幸恵さんの誕生の地 登別に「知里幸恵 銀のしずく記念館」がオープンし、その開館記念公演『神々の謡~知里幸恵が自ら歌った謡~』で知里幸恵さんを自ら描き、演じた劇団ムカシ玩具 舞香の呼びかけで、2010年よりはじまりました。
知里幸恵(ちり ゆきえ 1903年6月8日生まれ1922年9月18日召天)は、北海道登別市出身のアイヌ人女性です。また彼女は、キリスト者でもありました。
その著書『アイヌ神謡集』の出版が、絶滅の危機に追い込まれていたアイヌ民族・アイヌ伝統文化の復権復活へ重大な転機をもたらしました。19年という短い生涯を通して、残したものは現代の私達へのメッセージでもあると思います。
『アイヌ神謡集』をまとめ、その作業を終えた晩に持病の悪化で世を去った場所(金田一京助旧宅跡)の隣りに今、偶然にもキリスト教会が立っています。
知里幸恵さんが命を燃やし、それを結んだ9月18日20時30分、その場所の隣りにある教会に集い、彼女を偲び、そのメッセージを受けとめ、これからの歩みに生かす決意をし、祈りをささげる記念会を行います。

シロカニペってなに?

アイヌ語で”銀の滴(水)”を意味しています。
知里幸恵さんの書いた「アイヌ神謡集」の中には、13編のアイヌに伝わる物語”カムイユカラ”が収められています。
その第一話として紹介されているのが、
「梟の神の自ら歌った謡~銀の滴

しずく降る降るまわりに~」でフクロウの神様が「銀の滴降る降るまわりに 金の滴降る降るまわりに シロカニぺ ランラン ピシカン コンカニペ ランラン ピシカン」という歌を歌います。
13編の物語の一番最初にこのお話をもってきたことからも、幸恵さんにとって大切な物語であったと考えられます。
シロカニペ祭では、毎年一話を朗読芝居としてご紹介しています。

アイヌ神謡集に収められている物語
・序
・梟の神の自ら歌った謡
  「 銀の滴しずく降る降るまわりに」

・狐が自ら歌った謡
  「トワトワト」
・狐が自ら歌った謡
  「 ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」
・兎が自ら歌った謡
  「サンパヤ テレケ」
・谷地の魔神が自ら歌った謡
  「 ハ リツ クンナ」
・小狼の神が自ら歌った謡
  「ホテナオ」
・梟の神が自ら歌った謡
  「コンクワ」
・海の神が自ら歌った謡
  「アトイカ トマトマキ クントテアシ 

フム フム!」

・蛙が自らを歌った謡
  「トーロロ ハンロク ハンロク!」
・小オキキリムイが自ら歌った謡
  「クツニサ クトンクトン」
・小オキキリムイが自ら歌った謡
  「この砂赤い赤い」
・獺が自ら歌った謡
  「カッパ レウレウ カッパ」
・沼貝が自ら歌った謡
  「トヌペカ ランラン」


知里幸恵(1903~1922)

「アイヌ神謡集」の著者
1903年(明治36年)に北海道登別に父高吉、母ナミの長女として誕生。(現在生誕の地は「知里幸恵銀のしずく記念館」となっています。)
幼少の頃より、両親の元を離れて、聖公会の伝道師をしていた母ナミの姉、金成マツと、祖母モナシノウクと共に旭川にて暮らしていました。
学校での成績は優秀で、アイヌの少女で初めて旭川区立女士職業学校に4番目の成績で入学しました。
アイヌの物語”ユカラ”の名人だった祖母モノナシノウクを訪ねてきたアイヌ語学者の金田一京助と出会い、自らもアイヌ語を残すために立ち上がりました。
文字のないアイヌ語の音をローマ字で書き、美しい日本語の訳をつけた「アイヌ神謡集」を出版するために1922年上京。
東京本郷にあった金田一京助宅で、アイヌ神謡集の原稿の校正を終えた9月18日20時30分、持病である心臓病のため19歳という若さでこの世を去りました。
幸恵さんが命を懸けて私たちに残した「アイヌ神謡集」は今も世界中の人々に愛されています。


詳しくお知りになりたい方は、

知里幸恵銀のしずく記念館へ!

シロカニペ祭実行委員会代表

舞香(劇団ムカシ玩具)

~ごあいさつ~

シロカニペ祭の実行委員会代表を務めさせていただいております、劇団ムカシ玩具の舞香と申します。
知里幸恵さんにはじめて出逢ったのは2008年、金子みすゞさんの生涯を描いた一人芝居をやっていた時の事。
お客様がアンケートに「次回は知里幸恵さんを演じたらいがかですか」と書いてくださったことがきっかけです。
知里幸恵さんのちの字も、アイヌ民族についても何も知らなっかった私は、すっかり幸恵さんに魅せられてしまいました。 
多 くの人に支えられ、助けられ、2009年から、知里幸恵さんの生涯を描いた一人芝居を演じさせていただいています。
演じるたびに、幸恵さんをもっと多くの人に知ってもらいたいという想いが強くなりっていきます。

1922年大正11年9月18日 午後8時30分「アイヌ神謡集」の校正を終えた知里幸恵さんは、東京本郷の金田一京助先生のお宅で息を引き取られました。19歳という若さでした。幸恵さんは、上京中も教会めぐりをするほどの熱心なキリスト教信者でした。
その幸恵さんが亡くなった30数年後、幸恵さんが亡くなられた金田一京助先生のお宅跡地のお隣にこの本郷ルーテル教会が建ちました。不思議なご縁に導かれ、当時本郷ルーテル教会の牧師であった安井宣生牧師のご好意により、この教会で召天記念会を催すことができるようになりました。
幸恵さんが亡くなられた地で、幸恵さんが亡くなられた時間に、幸恵さんを偲び、「アイヌ神謡集」に込められた想いを、全国、全世界へ知らせていきたいという大きな願いを込めて、皆様と共に集いたいと思います。幸恵さんの没後100年にあたる2022年、翌2023年の生誕120年を節目としてたくさんの方々が集い、幸恵さんと語り合える、そして誰でもが知っている、そんな「シロカニペ祭」になって欲しいと願っています。 


プロフィール
舞香【役者・脚本家・演出家】
2004年劇団ムカシ玩具を旗揚げ。すべての作品の作・演出を手がける。何作かのプロデュース公演を経て2007年より「中原中也」「金子みすゞ』「宮澤賢治」の詩人の生と死と詩を描いた一人芝居作家評伝劇三部作をスタート。すべての登場人物を、演じわけ、会話による一人芝居という独自のメソッドを生み出し好評を博す。2009年からは「アイヌ神謡集」の著者 知里幸恵の生涯を描いた『神々の謡』の一人芝居を東京・北海道各地にて毎年連続上演。2017年には「神々の謡」を原案にした小学館学習まんが人物館「知里幸恵とアイヌ」が出版。2012年からは、NPO法人犬猫みなしご救援隊と共に、福島第一原発の事故により置き去りにされてしまった動物たちを描いた『置き去りにされた命』を、2015年からは、犬猫の現状を伝える「キミの手のなかの命」を各地で上演、動物たちの声を伝えている。
現在は長野県阿智村を拠点に、村民と共に村民劇プロジェクトを立ち上げ、村の歴史である“満蒙開拓”をテーマに創作・上演をしている。

会場

日本福音ルーテル本郷教会

東京都文京区本郷6丁目5-13

(東京大学「正門」向かい「本郷郵郵便局」ウラ)


日本福音ルーテル本郷教会HP

2019年3月に、小学館版学習まんが人物館「知里幸恵とアイヌ」を生み出した武藤心平氏と元ルーテル本郷教会牧師 安井宣生氏により、ルーテル本郷教会に、とっても素敵な「知里幸恵召天の地」のプレートができました。ぜひ、足をお運びいただきご覧になってください。

Google Maps のコンテンツは現在の Cookie 設定では表示されません。"コンテンツを見る"を選択し、Google Maps の Cookie 設定に同意すると閲覧できます。詳細は Google Maps のプライバシーポリシーをご確認ください。Cookie の利用は、Cookie 設定からいつでも変更できます。

コンテンツを見る